
くじら座の方向、108億年前の宇宙で前例のない密集構造が見つかりました。
国立天文台や東京大学などの国際研究チームは2025年6月3日、直径4000万光年の範囲に、11個の「超巨大ブラックホール」が集まる領域を発見したと発表しました。
その集団密度は極めて異例で、偶然に発生する確率は「10の64乗分の1未満」。つまり、「ほぼ奇跡的」といえる配置です。
超巨大ブラックホールとは?
そもそも「超巨大ブラックホール」とはどのようなものでしょうか?
超巨大ブラックホールは、太陽の100万倍から数十億倍の質量を持つ天体です。その重力は非常に強く、光すら脱出できない領域を作り出しています。
現代の天文学では、こうした超巨大ブラックホールはほとんどすべての“大質量銀河”の中心に存在すると考えられています。
私たちの天の川銀河にも例外はなく、中心には「いて座A*(エースター)」と呼ばれる超巨大ブラックホールが存在します。
つまりブラックホールは、宇宙で特別な存在ではなく、銀河の進化と密接に関わっているのです。
宇宙のヒマラヤ
今回発見された超巨大ブラックホールにおいて注目すべきは、その位置です。すばる望遠鏡の観測から、2つの銀河集団の間に存在していることがわかりました。しかもそこは、「落ち着いた状態」の中性ガスと「高温で活発な状態」の電離ガスの“境界領域”です。
簡単に言えば、中性ガスは原子のまま電気的に中性で、比較的穏やかな性質を持ちます。
一方で電離ガスは、原子がバラバラになり、電子と原子核に分かれている状態。エネルギーが高いため、星の誕生などに深く関わっています。
この境界は、まさに銀河の進化が進行する“前線”のような場所。そこにブラックホールが集まっているのは、非常に興味深い事実です。
この特異な分布から、研究チームはこの構造を「宇宙のヒマラヤ」と命名しました。
ユーラシア大陸とインド亜大陸の間に山脈が形成されたように、銀河団の間に超巨大ブラックホールが形成されていたからです。
超巨大ブラックホールの成長プロセスに新たな謎
発見の意義はそれだけではありません。今回のブラックホール群は、銀河集団の中心からかなり遠い場所にあります。その距離は約2500万光年。これは従来の理論では想定されていなかったことです。
なぜなら、ブラックホールは通常、銀河が密集する中心部で成長すると考えられてきたからです。それが中心から大きく外れた場所で活動しているとなると、成長の仕組みに見直しが必要になるかもしれません。
またこのような大規模構造が、宇宙誕生からわずか数十億年で形成されていたことも衝撃です。現在の宇宙年齢の約20%にすぎない時代に、すでに「山脈級」の構造が存在していたのです。
この発見は、銀河やブラックホールの進化、さらには宇宙の構造そのものを見直す大きなきっかけになるかもしれません。
写真: 今回の研究で発見された、クエーサー(活動的な超巨大ブラックホール)が密集する領域。すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラで撮影された背景画像に、クエーサーの密度を赤色で、周囲に分布する銀河の密度を青色で重ねている。小さな白枠はクエーサーの位置、その拡大枠はそれぞれのクエーサーのズーム画像を示す。(c) 国立天文台/SDSS, Liang et al.